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信仰生活のテーマ
今日、友人の親戚の方が亡くなりまして、寂しくなりました。この知らせを聞いて、そのご家族のために、主イエスに、「この寂しくなった時でも神様の祝福がこの家族の上に豊かにありますように」とお祈りしました。信者の間、お互いのために、また、すべての人々のために、神様にお祈りを捧げることも、信仰生活の一つの大事な点です。 |
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信仰生活のテーマ
この間、腰が痛くなっています。毎日、病院へ行ってリハビリを受けています。しかし、体の痛みが少しあっても、神様に感謝します。神様が下さった恵みが素晴らしいので、どの状態にあっても、文句をいうつもりはありません。主イエスと共に歩んでいくのが幸いです。私にとって、それだけが十分です。どんなことが起っても、心の中に喜びがある。これも、信仰生活の一つの点です。 |
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信仰生活のテーマ
明日の朝、創造主である神様を礼拝するために、教会へまいります。礼拝も、教会に参加することも、信仰生活を支える大事なことです。実は、神様は、どこでも存在する偉大な者ですので、礼拝のためだけなら、教会へ行かなくてもできます。しかし、教会へ行くのは、色々な理由があります。礼拝は一つです。他には、クリスチャンの兄弟姉妹との交わり、聖書の学び、楽しい歌を歌うこと、など。明日の朝、教会へ行きます。楽しみしています。 |
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信仰生活のテーマ
戦争のようなことが起ったら、誰でも、不安を感じるでしょう。しかし、主イエスと共に歩むクリスチャンは、よりどころがある。自分は戦争の意味が分からないと思っても、全知の神様は、万事をお分かりになり、希望がないと言われたところに、新しい希望をお与えになり、無意味だと思われたことを意味深いことにお換わりになります。ヨセフは、兄弟たちにエジプトに売られた物語を思い出します。兄弟たちの罪は、許されない、ひどい罪でした。しかし、神様は、その悪を善に換えて、ヨセフを多くの人の救いのためにお用いりになりました。ヨセフは兄弟たちにこう言いました。
「しかし、今は、わたしをここへ売ったことを悔やんだり、
責め合ったりする必要はありません。命を救うために、
神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのです。
この二年の間、世界中に飢饉が襲っていますが、
まだこれから五年間は、耕すこともなく、収穫もないでしょう。
神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、
この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、
大いなる救いに至らせるためです。」
- 創世記45:5-7 -
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信仰生活のテーマ
クリスチャンなら、心の中に主イエスと共に歩む大喜びがあるけれど、それは毎日が嬉しいことばかりだと言う意味ではありません。主イエスご自身にも悲しい、苦しいことが一杯ありました。しかし、クリスチャンの悲しみや苦しみは、無意味のものではありません。かえって、意味深い、役に立つ悲しみなので、悲しい時でも、苦しい時でも、喜びがあふれてくるのです。
「神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに
通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。
- コリントの信徒人への手紙二7:10 -
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信仰生活のテーマ
このページを造る目的も、色々ありますけれど、その中の一つは主イエスの愛のよい知らせを伝えるためです。日記を書いたり、「今日のみ言葉」を選んでページに載せたりするのも、自分の信仰生活の一部です。 |
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信仰生活のテーマ
主イエスは、「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」とお命じになりました。それで、クリスチャンには、「福音を伝える義務がある」と言えるでしょうが、クリスチャンが伝道をする理由は、それだけではありません。福音のことばは、「よい知らせ」という意味です。テレビや新聞を見たら、この世に暗いニュースが多いです。それで、誰でも、よいニュースを聞きたくなり、また、そのよいニュースを聞いたら、それを次の人に伝えたくなります。ですから、クリスチャンは、神様の愛のよい知らせを伝えたくなり、伝道するのが、他のよいニュースを伝えたくなることと同じように、当たり前のことです。 |
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信仰生活のテーマ
聖書を読んだり、神様を賛美したり、お祈りしたりします。しかし、それだけが、信仰生活になるでしょうか。私はそう思いません。自分の行動や生活を反省し、罪を犯したところを認め、悔い改め、神様にお赦しくださいと願うこともとても大事です。そうしたら、神様をお赦しをくださいます。これもみ言葉の約束です。
自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、
真理はわたしたちの内にありません。
自分の罪を公に言い表すなら、
神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、
あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。
- ヨハネの手紙一1:8-9 -
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信仰生活のテーマ
神様である主イエスと共に歩むために、聖書を読んで、いただいた御言葉の意味をよく考えて、その御言葉を神様にお祈りして、神様のお答えを待つことが自分の信仰を成長させる道の一つです。勉強のために、聖書を読めばいいんですが、信仰生活の聖書の読み方は、勉強のためだけではありません。勉強は、頭のことですが、信仰生活は、心のことです、ね。例えば、この御言葉は、心の中に響かせたら、いかがでしょうか。
「わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、
恵みの上に、更に恵みを受けた。律法はモーセを通して与えられたが、
恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。」
ヨハネによる福音書1:16−17
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信仰生活のテーマ
信仰生活のもう一つのことは、聖書を読む習慣を身に付けるなです。全知の神様が下さった聖書を読んで、それに聞き従って人生を起る習慣なのです。神様の知恵は、人間の知恵を超えているので、御言葉を大事にすることが賢者の道でしょう。しかし、御言葉を解釈することも必要ですから、神様が下さった理解力を使うことも必要です。これは、「精神を尽くして神様を愛せよ」という御言葉の意味の一つでしょう。 |
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信仰生活のテーマ
クリスチャンが信じている神様は、生きておられる神様です。それで、お祈りの時に、全能の神様は会話の相手になって下さることもあります。お祈りの時に、自分の心の中にあることを神様に話して、しばらく静かになって待てば、心の中に答えてくる御声を聞こえることが珍しくありません。そして、お祈りして、聖書を開いて御言葉を読めば、神様は、聖書の言葉をお使いになってお祈りに応えて下さることもあります。お祈りの生活は、信仰生活の一つな大事なことです。 |
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信仰生活のテーマ
神様は、私達と一緒にいて下さることが素晴らしいニュースです。一人ぼっちになることは絶対にありません。この事を心に留めて生きるために、朝毎に、神様と話し合ったら、つまり、毎朝、神様にお祈りしたら、恵まれた時間になるでしょう。お祈りの生活は、信仰生活の一つです。ところで、お祈りと言ったら、神様にお願い申すことより、神様と話し合うことです。 |
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信仰生活のテーマ
神様と共に歩んでいく生活は、どういう意味でしょうか。色々あると思いますが、自分にとっては、第一、私達人間より、優れた者、つまり、全能の神様が存在する事実を忘れないように生きていく生活なのです。その上に神様は、私達と一緒にいて下さるので、一人ぼっちになることは、絶対ありません。 |
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信仰生活のテーマ
クリスチャンの信仰生活は、どういうことでしょうか。未信者なら、「信仰生活」というのが分かりにくいかもしれません。クリスチャンの間でも、説明するのが難しいと思うクリスチャンが少なくないかもしれません。しかし、大事時な質問ですので、今月、このことについて、少しづつ考えて見たいと思います。まず、一言で、説明したら、「クリスチャンの信仰生活」は、主イエスと共に歩む生活だと言えばいいでしょう。
「人よ、何が善であり、主が何をお前に求めておられるかは、
お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、
へりくだって神と共に歩むこと、これである。]
- ミカ書6:8 -
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